アバンティ PHILOSOPHY 5 〜アバンティ哲学〜
顔の見える職人たちの手仕事

海の向こうで育った綿は、日本にやってきて、実にさまざまな糸に生まれ変わります。そしてさらに、北は山形県の米沢から、南は愛媛の今治まで、糸は全国各地に散らばっていきます。織物の産地といわれる土地の、腕のよい職人たちによって、いろんな表情の布に織られていくのです。米沢の織物は、江戸時代に武士の内職として始まりました。袴などをつくるための反物の生産を中心に、近代まで絹織物で栄え、戦時中はパラシュートの布をつくっていたこともあります。小幅で高密度の布地を得意としてきました。父親の代からここで織物工業を営んでいる職人から、こんな話を聞きました。「フランスに行ったとき、面白い生地のマフラーがあったので買ってみたら、この辺でつくられたものでした。」
工場によって、得意とする布はまったく違います。しかし共通しているのは、織物はその工程のなかで、人の手を省くことができないことです。そしてその手の裁量で、品質のよしあしが決まるのです。つくる布地の表情にあわせて、一本一本織機に糸をかける作業は、気の遠くなるような作業です。織機が動き始めてからも、糸が切れていないか、きちんと織られているか、我が子を見守るように手塩にかけます。織機の音だけがせわしく響く雪深い土地。布を織ることは、春を待つ気持ちにも似ています。